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ペリリューの知事の歴史

 長年ペリリュー島の州知事として地位を確立してきたジャクソン氏。育ちのよさがきわだっていて、海外からの投資家を呼び込むのに長けた戦略家です。いろんな国からの投資家を招待して、ペリリュー島のよさをアピールして、リゾートの誘致や国際空港の建設に向けて注力してましたが、なかなか現実にはならずにお金ばかり使うので、違う見方をすれば口だけの政治家ともいえます。
 でも、彼の実力はすごく、国の予算を勝ち取り、ペリリュー島の定期船を立派なアルミのニュージーランド製の船にしたり、南の波止場を2ヶ月という短期間で木造の立派な港に作り変えました。ただ、あまりにも理想が大きいのでほらに聞こえるときもありますよね。

 

  その2010年ジャクソン氏のほら話にうんざりしたペリリュー島民が選んだのは、細々と売店を経営していたカンイチ氏。ほがらかなすごくいい人で、親のいないパラオ人たちを育てたり、遊びのないペリリュー島にビリヤード場を安く提供したりしてるすごく人のいい人。

  ですが、人がいいのと組織の運営は別問題ですね。人がよすぎて週事務所や定期船などで働く人たちの仕事欲はうすれてしまい、かなりルーズになってしまったようです。知事以下のレジストレイターなどの若手が後押しして、台風後の処理やぼろぼろになってしまった南の波止場のコンクリート工事などをやりましたが、それ以上の新規のプランがなく2年の人気で終わってしまいました。

 

  新しく知事になったコロール島のゲストロッジというモーテルを経営している「タミー氏」が今期の新しい州知事になりました。正直いい評判はない人ですが、以前ナカムラ大統領下で、大蔵大臣をしていた人脈にみなさん期待しているようです。新大統領のテミー氏とも仲がよく、コロール州にすべてにおいて立ち遅れてしまったペリリューを復活させることができるのか??!!!

 

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2000-04-10  コロールとペリリューの確執

昔々のパラオは海で漁をする素朴な生活につつまれていました。そこには領土というよりも海を支配することに力がおかれ、その時期に力の強い戦士たちがペリリューとアイメリーキに多く絶大な力を持っていました。
ペリリューとアイメリーキは度々戦争を重ね、男は相手の村の女を奪い、男を殺し、海の境界線を争っていました。
ある時、お互いの酋長が会談を持ち、海のボーダーラインがウーロン島西沖の岩とマカラカル島東沖の岩のラインで話がつきました。それは契約書も何もない、酋長同士の話し合いで行われました。それからは、そのラインを守って漁をしていました。
そののんびりとした生活に、大きなインパクトをもたらしたのが、スペイン船の「アンテロープ」です。たまたまその当時は、力のなかったコロール島の酋長に助けられたために、その後、スペイン人たちとコロールの人たちにより商業が始まり、貿易が始まりました。
その後、ドイツ時代から日本時代を経て、コロールを中心に港が設備されるようになりコロールは、他の島々に比べ格段に開発の波にのまれていきました。その中からは、財閥のようなお金持ちも出現して、以前の戦闘部族たちは影が薄くなっていきます。
経済力といろんな知恵を入手したコロールの酋長は、ペリリューの酋長と会い、ペリリューに学校の設立することになり、その費用はコロール酋長が出すということになりました。でも、その時に交わされた契約書は、英語でタイプされてあり、しかもその見返りとして現在ダイブスポットとして有名な「ブルーコーナー」などのあるガムリス島をコロール酋長に渡す条件が書いてありました。その当時のペリリューの酋長は英語を読めるわけはなく、学校を建てたいばかりにサインをしてしまい、ジャーマンチャネルより西はコロールの所有となってしまいます。
その後、ペリリューはその契約書の無効を主張しますが、時代はアメリカの領土。アメリカ形式の裁判で争う事になりました。しかし、その財力と知識に勝てず、裁判所の判決は契約の有効性を実証することになり、それにより、コロール州が「ロックアイランド・パーミット」などというものを観光客に販売するようになり、ますます険悪な仲になっています。
今でもペリリューの人たちはその新しいボーダーラインは、コロールが勝手に主張しているだけだと思っています。ですから漁に出るのも全く気にしていません。突然入ってきた法制度と昔ながらの話し合いの文化が入り乱れて複雑になってしまっている例がたっくさんあります。今後どうなることでしょうか?


2000年3月10日 「ペリリュー島の人々」---------

 パラオの大小300余もある島々を囲む巨大なサンゴ礁群の南に位置するペリリュー島。南北9キロ、東西3キロ、コロールとの定期便で飛んでいるセスナを見ると、ほとんどがうっそうとしたジャングル。もともと石灰化した珊瑚の死骸が何億年もかかって隆起した島で、その中央部にはこの島の最高標高98メートルの山がある。こんな島に人が住んでいるのか?と思ってしまう。人口は700人ほどで、酔っ払いの漁師と元気いっぱいの子供たちの島。島の北側に少し拓けたところがあり、そこに島民の生活がある。
 カンイチさん:ペリリュー島の村の中心地にあるビリヤード場兼売店のオーナー、お歳は60代,パラオ人。日本語も少し話し、いっつも陽気でやさしいお方。29ftの平舟を所有していて、コロールによく売店の商品を買出しにでている。コロールに行くときは、みんないっつもたくさんの人が「船に乗せてクレー-」ってお願いする、カンイチさんは決してお金をとったりしない。しくこくいっても絶対にもらわないから、みんなボートの荷物を降ろすのを手伝ったりする。最近は、新しく家を建て、ビデオレンタル屋とコインランドリー屋も始めた、ペリリュー一番の頑張りやさんである。すっごくやさしい方で、エピソードを一つ。台風がパラオに接近していて、海は大荒れ、誰も船を出す人がいない、もちろんセスナも飛ばない。パラオの海洋保安庁(MEMO)も船の渡航を禁止し、各港に赤旗を掲げていました。ペリリュー島に滞在していた観光客が、パラオ発の飛行機にどうしても乗らないと行けないとのことで、船を探しまくり、なんとこのカンイチさんが船を出してくれることに。ペリリュー島からコロール島に向かう時は、サンゴ礁湾内を通るので、外洋ほどはうねりがないにしても、それでもかなりの荒れた海。その中を、観光客のお願いを聞いてくれるカンイチさん。このときもガソリン代しかお金を受け取ってくれませんでした。

 アロハ:ペリリュー島のフィリピン人社会の、一際目立ったオカマちゃん、歳は20代後半。普段は学校近くの家に、家事手伝いとして雇われているが、土日になると衣装をまとい、ハネムーンビーチで肩下までたらした黒髪をかきあげながら踊りまくる。自称ダンサー&マッサージ師。また、そのビーチまでの移動風景がすごい。普通フィリピン人たちは、トラックの荷台に腰を降ろして乗るのだが、こいつだけは、常にマイ・イスを持って乗り込み、派手な化粧と衣装でど真ん中にどうどうと座っている。それで、選挙カーのように、みんなに笑顔と「ハーーイ」をプレゼント。観光客が道を歩いていると、よく声を掛けてくる。体格のいい男性は注意ですよ、触ってはきませんが、「写真を撮らせてーー」と写真を撮っては部屋に拡大して飾っていますから。
彼?はたまにアルバイトでマッサージ師をやっています。その評判は上々、筋肉質の体から繰り出されるマッサージは効くようです。クリームもフィリピンから多種用意していて、極楽気分に浸れます。この島には、フィリピン人が50人~100人ほど、住んでいますが、たまにおもしろいイベントをやってます。前回はミスター・ペリリューとミス・ペリリューを決めるイベントをやってまいたが、司会はこのアロハ。いやーー派手な衣装でしたよ。

 マユミさん:ペリリュー島の観光業の第一人者、歳は60代でもともと空家を日本人慰霊団に貸すようになり、食事も用意するようになり、GTフィッシングの観光客も訪れるようになる。現在では、「ペリリュー・アイランド・イン」というホテルを所有し、旦那が23ftのキャビンボートを所有するまでになる。この人もすっごく人がいい、ちと愛想がないので勘違いされることもあるが、すこぶる正直な人。アバイで集会があると必ず参加していて、赤いムームーを着ている。この人のエピソードをお伝えいましょう。マユミさんの民宿に泊った日本人の観光客が、精神病を薬で抑えている方で、薬が切れた途端に、道で寝たり、学校のグランドでどんでんがえりをしたりと、あまりにもおかしな行動をするので大騒ぎになったことがありました。その観光客は長時間にわたりマユミさんにわけのわからないことを話していたそうですが、いやな顔することなく、相手をしていました。それから3人の警察が来て、手錠と鎖で取り押さえたのですが、マユミさんは、「かわいそーね、ほんとかわいそーね」と彼に同情をしてました。ほんと、ペリリューにはいい人が多いです。

 ヘイズ:40歳くらいの現役バリバリな3人の子供を持つお父さん。29ftの平舟を所有し、ダイビング用のレンタルボートや漁師や大工やカニ採りなどで生計を立てている典型的なパラオ人。将来の夢は、売店を持つこととか、レストランを経営することとか、動物園を始めることとかいろいろあるが、まだ現実にはいたっていない。若い世代にはかなりにらみが効くらしく、その辺の飲んだくれたちも彼のいうことならビシっと言うことを聞く。頼りになるパラオ人。彼の家はすごく親日家で、親しくしている日本人も多く、ペリリューに来るとカニやら魚やらいろいろご馳走してくれる。かといってお金を請求するわけでなく、すごく気前のいい家族だ。働き者なため、いっつもどこかで何かをしている。

ウィスリー:日本人の母親とパラオ人の父親に生まれた男。20代半ばの歳で、いっつもパラオ産の焼酎「ムーンシャイン」を飲んでいる。いっつもペリリューアイランドインの周辺をうろつき、飲みつつぷらぷらしている。聞くと、日本人の母親をすごく愛していて、父親を憎んでいるとか。日本人を見ると必ず「こんにちわ!」と挨拶をしてくる。でも、お辞儀をする方法ではなく、なぜか、仏教のように両手を胸の前であわせる。たぶん、日本の挨拶の方法だとだれかに間違って教えられたのであろう。彼はペリリュー随一のマジシャンで、飲んでテンションが上がってくると、道端でマジックを披露してくれる。顔は結構男前で人気があるが、なぜか彼女はいないようだ。

エディ:仕事を引退して移り住んできた、60代のドイツ人。単身で生活していて、もともと電気関係の仕事に就いていたそうで、扇風機からテレビからなんでも壊れたら治してくれる。お金を取るわけでもなく、みんな魚や飲み物を渡すだけ、すごく原始的なぶつぶつ交換制度。彼は、知り合いのパラオ人のおばあちゃんの家の上に家を自分で建ててそこに住んでいる。遊びに行くと、パラボナアンテナやら大きな無線機やらが家中にちらばっている。そこで、彼はほぼ自給自足に近い生活を送って、余生を満喫しているように見える。時折尋ねてくるドイツ人たちは、いかにも技術系の人たちで、エディは得意そうにパラオを案内していたりする。地元に貢献しつつ、ゆっくりとした時間を過ごす彼は、すばらしい。

 ダンジ:ペリリュー島の欧米人向け島内観光を一手に引き受けるバリバリのパラオ人。コロール島とを結ぶ定期便のセスナのチケット販売もしていて、何かと働いている。朝と夕方は必ず、北の波戸場までのウォーキングを欠かさずに日課とし、食べ物にも気を使うあたり、パラオ人らしくないが、実際にアメリカでの生活が永く、英語もわりとキレイである。見かけはちょっと小太りのパラオ人男性だが、よく見ると、動きがなよなよしているし、男にさわってくるし、しゃべりが違うオカマちゃんである。パラオ人では結構めずらしく、現地の若いやつらわバカにしてたりするが、そんなことは気にせずに堂々とわが道を歩んでいる。島内観光の仕事に関しては、アメリカンジョークとてきぱきとした案内で定評がある。しかし、男性だけで少人数で来た場合には、ある程度距離を置いたほうがよいだろう。いや、そうゆうのが趣味な方は積極的に友達になったほうがいいでしょう。ペリリュー中をくまなく案内してくれること間違いないし、しまいには、コロールまで着いて来るでしょう。

 ティーバット:ペリリュー島唯一の車修理工。特に学校に行ったわけでもなく、ただ父親が船乗りの技術者で様々な技術を彼に伝え、それを手伝いとして学習して今は立派な工場はないが、ただの家の前の空き地で一生懸命仕事をしている。主にタイヤ交換なんかをやっているが、タイヤをはずす機械などなく、ミノみたいな道具で自力ではずして、はめている。多少タイヤに傷が入るが、それはご愛嬌。お客さんが少ないためか、修理をお願いするとすぐに取り掛かってくれるために、すっごく重宝できる。見かけは典型的パラオ人で、異常にお腹だけがぽっコーンと出っ張っていいる。歳は24くらいで、若い奥さんと1歳くらいの子供がいる。奥さんは集金と子供の相手をしている。でも、奥さんがいるにもかかわらず女好きで、日本人の女性がたまらなく好き。結構シャイなために、道で声をかけるわけではないが、ちょっと定期船とかでヨコになって、話をしようものなら、やったーーとばかりに浮かれまくる幸せな性格。

 エルワイズ:元囚人の彼は、その囚人時代に訓練したストーリーボード作りのプロだ。歳は30代で、頭をそっているのと、顔をしかめていることが多いので、ちと恐持てに見えるが、実はすごくシャイないい人。現在はペリリュー島のレンジャーとして働いている。レンジャーの仕事は、ペリリュー州域内での、ダイビングツアーの監視とその許可証の確認。でも実際には、ペリリュー州の所有している26ftのスピードボートの運転手として、コロール島とペリリュー島を行き来していることが多い。でも、たまに起こるダイビングレスキューの時には、ダイビング・スポットに近いこともあり、我一番と出発してくれる頼もしい方々。彼が牢屋に入ることになったのは、奥さんの浮気を発覚してしまったときに、暴力を揮ってしまったことかららしい。時間があるときは、自転車でふらふらしているか、ストーリーボードの製作に励んでいる。

  ヘンリー:ダイビングショップのボート運転手として6-8年ほど働いていた彼は、ビールに溺れることが多々あり、いっつも首になっていても復帰していたのだが、とうとう見切りをつけられ、解雇になりふるさとのペリリュー島に戻り住む。歳は30後半で、体格は細くて背が高い。現在は、ペリリュー州の道のアスファルト施設のプロジェクトのなかで働いている。車で移動していると、必至に砂やら砂利やらをスコップで運んでいる彼の姿をよく見かける。彼としては、観光業に戻りたいらしいが、結構土方仕事も好きなのかもしれない。彼は、ほんとうにバドワイザー好きで、仕事が終るとすぐに飲み始める。そしてたまに、金・土曜日にペリリューにある唯一のカラオケバー「エル・エイ・ラウンジ」に顔を出す。そして、酔いが回ってくると、ドジョウすくいのような踊りを一身腐乱にやり始める。そうなったら、もうおかしくてたまんない。彼の低音の声で歌うカラオケもさることながら、踊りは最高にふざけていておもしろい。

 ノノイ:「アノ-」「アノ-」が口癖の28歳のフィリピン人。典型的なフィリピン人で、小柄で働き者で、お調子者で、祭り好き。どこに行っても知り合いがいて、どんな社会にも強引にはいって行くつわもの。自称ペリリュー島のフィリピン人社会の大統領らしい。その割には、エラぶっている感じではなく、どこにでもいるフィリピン人。彼も日本人女性が大好きで、話出すと「いっしょにフィリピンに行こう!!」と誘ってくる。誘われたほうは、「なんであんたなんかと」という感じなんだろうが、そんなのはお構いなしにお誘いをかけてくる。ある意味気前がいいので、ビールやら食事やらドライブやらアッシーくん代わりに使うのもいいかも。彼はちゃんと奥さんと子供がフィリピンにいるので、彼のラブトークには注意しましょうね。

 アントニア:もう70歳近くのおばあちゃん。「ウィンティーモーテル」という民宿を経営していて、日本語もペラペラ話す。気さくな方で、宿泊客を芋畑に連れて行ったり、釣りにいっしょに出かけたりとお世話好き。最近は体調がよくなく、コロールに滞在していることが多い。また、彼女の家の2階に前出のエディが生活している。きっと彼も始めペリリューに来た時は、アントニアさんの民宿に泊ったのだろう。また、彼女は熱狂的な「セブンス・アドバンティスト」というキリスト教の信者で、その集会やミサを毎週彼女の家の軒先で行っている。宗教のことを語り始めるともう停まらない彼女の宗派の予言する世紀末は、昨年だったと思う。

 キム:ペリリュー島に住む唯一の韓国人。年齢は50歳代で、主な仕事は漁。20fほどの小船で、トローリングや底釣りに毎日のように出かけている。彼のもとには、韓国のテレビ番組などがよく取材に来ることがあり、ちょっとした有名人らしい。奥さんがパラオ人で、2人が仲良くしているところを見たことがないが、子供を大切に育てている、元気なお父さん。以前は観光事業に力を入れていた時期もあるが、ある諸事情で所有していたキャビンボートを裁判所に没収されてしまい、以後は小さい船で釣りオンリーだ。たまに、ペリリューにあるダイビングショップのボートの運転手をやっていることもある。彼もすごく人がよくて、また酒飲みだ。いろんな人が家に集まってくるので、よく飲み会が行われている。ペリリューの釣りのことに関しては彼の右に出る者はいないだろう。

 中川さん:もうかれこれ8年ほどペリリュー島に住む日本人おじいさん。もともと漁をしにきたそうだが、現在では民宿と戦跡案内をほそぼそとやっている。家の中には、ゼロ戦のプラモデルやペリリュー守備隊の方々の写真や日本海軍の戦艦の写真などが、所狭しと張ってある。持っている日本語のビデオも、戦争関係のビデオばかりだ。日本のペリリュー島を撮影に来る、テレビスタッフの案内などをすることも多く、ちょっとした著名人。飲むと戦争のことを暑く語り始めるが、昼間はのんびりとした気のいいおじいさん。現在は、パラオ人の10歳くらいの養子の子供がいて、彼は日本語ペラペラで、民宿の人気者だ。

 馬場さん:ペリリュー島に日本人で初めてダイビングショップを始めた人。まだ28歳と若く、船を操縦したり、ガイドをしたりとバリバリ現場で働いている。見かけはちと怖いが、話すとのんびりとしたいい人。パラオ歴も長く、いろんなことを相談に慕ってくる人も多い。

 レジ:馬場さんのところでダイビングガイドをしている彼。たまに道の工事をアルバイトしていたりもする。現在は、ボートの運転手をしているが、なんとペリリュー島の学校に先生として来ているジャイカの日本人女性と結婚することになりそうだ。パラオをまるで出たことがなかった彼は、最近彼女の実家を訪ね着々と準備は進んでいる様子。ペリリューの「ペリリューアイランドイン」というホテルの前に家があるので、観光客がよく見かけるパラオ人の一人だろう。彼女のプレゼントしてもらった青い自転車を乗り回して、うろうろしている。

マユミ:実はペリリュー島には、2人のパラオ人のマユミさんと一人の日本人のマユミさんがいるので、わかりずらいが、この場合は日本人のマユミさん。「ストーリーボート・リゾート」というコテージを運営している。28歳と若いにもかかわらず、すでに3人目の子供を出産予定。気さくな方で、だれとでも気兼ねなくしゃべってくれるので日本人には頼もしい。パラオに永くいるにもかかわらずダイビングには、ほとんど興味がないが、旦那がダイビングのガイドをしているので、海のことには結構詳しい。

 ティモロさん:ペリリュー州の州知事。日本人も多少解るすごく人のいいおじいさん。ビジネス誘致というよりも、島民の生活環境や学校の施設の充実などに真剣に取り組んでくれている。普段は、健康のためにか自転車でうろうろしているが、コロールではなぜか歩いているのを見かけたりする。州知事なのに車に乗ってないの?と心配したりもするが虚栄心のない、住民思いのいい知事だ。


                     

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