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証券会社を辞めた訳


高校時代に、父親から将来の仕事は医師か弁護士だと言われて選んだ弁護士への道は、大学で勉強しながら小倉の裁判所に通い実際の業務を観察しているうちに、あまりにくだらない訴訟の多さ(浮気訴訟、払った払わない訴訟)に嫌気がさし3ヶ月でやる気がなくなり、その後友達と始めたパーティー企画イベントとバイトにのめり込みあっという間に卒業を控え就活。20ー30社ほど応募して唯一受かった三洋証券会社。東京の目黒の研修施設で3ヶ月を過ごし、希望の福岡の支店に配属、それからは毎日外回りで営業。
それなりにお客様も付き、30ー40人いる同期で唯一の先物好きなお客様が自分にはいたりして成績も1ー3位を争ってたりもしました。一位になると東京の研修施設に表彰を受けに東京に呼ばれるのですが、その研修施設に飾ってる銅像やらたっかそうな絵画が、呼ばれるたびに数が減ってる。また、その当時まだ会社が所有していたトレーディングドームが、閑古鳥のないたように静かで活気がなくなってくのを実際に目のあたりに見て、会社が危ういのを感じ始めました。

また、その表彰に呼ばれたときに東京近辺の同期と会うと以前は社員寮に住んでたけど、社員寮が売り払われ今は会社負担で小さいアパートに住んでるとか。資産の取り崩しほど切羽詰まったものはないと思い、速攻仕事を探し始めました。

で、たまたま誘いに乗って行った初海外ダイブがパラオ。そのパラオで行ったダイビングサービスに最終日の清算時に社長に直接直談判で求職願いをして受け付けてもらいました。日本に帰り退社願いを出して受け入れられ2週間後に退職。ここから人生がガラッとかわりました。

で実際に私がビザの準備に半年かけてる間に、三洋証券は業務停止命令が大蔵省よりだされ営業は中止。でも実際には処理業務のために全社員はその後6ヶ月も、お客様のお金の引き出しと株券の保管先移動の単純作業だけのためにお給料をもらえてました。これはある意味もったいなかったなーとは思うものの意味なく半年過ごすよりはお給料少なくても充実してたんで良かったと思ってます。

その後この会社にいた人たちは半年の中で、他の証券会社の営業に移って行った人、独立して歩合証券マンになった人、無職になった人、実家に帰った人様々だったと思います。みんなどうしてんだろ。パラオに行ってる間にその当時はフェイスブックもmixiもなく、同期も同じ支店の先輩たちの連絡先もわかりません。


===============2003-11-30証券事件勃発

「証券会社社員、アパートに監禁」
私が働いていた証券会社の休憩室で、のんびりとコーヒーを飲んでいると、テレビから当社の名前が聞こえる。なんとうちの会社の社員が、お客さんに株で損したことへのねたみから家に監禁されているとのこと。なんともおそろしい話だ。女性社員がさっそく、各課長クラスに報告に行ったらしく、あわただしくみんながテレビに群がって来た。「あれ、OOO地区ってことはOOO支店だよな」「同期のOOOがOOO支店にいるから内線してみるわ」なんて会話が聞こえる。私が勤めていたのは、福岡支店でこの事件は関東の支店での事件だった。
短いニュースは終わり、みんなそそくさと自分のデスクに戻っていくと、支店長が課長を呼び出しているのが見える。みんなそちらのほうが気になり、ほとんど仕事に身が入っていない。数分して課長たちが会議室から出てくると、課ごとにミィーティングの号令がかかった。うちの営業1課は、課長を軸とした男だけの7人編成。ちいさな会議室で、課長から事件のいきさつの説明があった。なんでも嘱託の社員、つまりうちの証券会社に属してはいるものの、完璧に歩合制で働いている人たちで、証券取引の手数料の半分が会社の取り分で、半分がその嘱託社員のお給料となる人たち、この福岡支店にはその数約20名ほどいる、が株での損でお客さんに激怒されアパートに閉じ込められているらしい。つまり会社側としては、この社員が嘱託の社員で、正式な社員ではないということを強調したいらしい。そんなこと、外部からすれば何の意味もなさないのだが。とにかく、簡単な事件の説明の後は、日常の会議に戻る。「おい、電話何件かけたか?」「今月はまだまだ50%なんで、これからは株じゃなくて、オーストラリア国債一本でどうにか間に合わせるぞ。」「どこどこの取引はどうなった?」
私はその事件のことが気になり、午後は営業に出かけると言って、友達のアパートに行く。そこでニュースばかりを見ていたら、そのうちの社員が開放されたことを伝える報道があった。ほっとした気分と、自分もいつかはこうなるのだろうか?という微妙な落ち着かない気分で全く仕事にやる気がなくなり、漫画を読んで寝た。夕方5時に近くなるとまた会社に戻って、本日の報告と明日の営業計画の課会議。まだ、今日の目標に達していないらしく、外回りに再度出発。でも、みんなやる気ないらしく、だらだらとちらばっていく。約束の7時にまたみんなで会社に集まると、それなりに数字を作ってきている中堅社員がいて、どうにかここでお開きになりそうだ。でも私が支店のカギを預かっているので、みんなが帰らないと帰れない。結局、書類仕事やめぼしをつけているお客さんを捕まえるのに、まだがんばっている先輩の仕事を手伝ったりして支店の消灯はいっつも9時10時。

「福岡の証券会社社員、詐欺罪で起訴される」
その関東での事件の2週間後くらいに、またもやうちの会社で事件が起こった。その日はやたらと管理職の人たちがあたふたとしていると思ったら、支店長が3階の会議室でミィーティングをやるといきなり言い出し、支店の男女約30人の正社員が集まった。今度はなんと私のいるこの福岡支店の嘱託社員が、数人のお客さんの資金を運用先をあいまいにして、結果大損して詐欺で訴えられているとのこと。支店長の話ではその嘱託社員は1月ほど前から出社していなく、行方がわからないとのこと。私は、その時に新人社員で、朝一番に新聞を各社員のデスクに振り分けるので、その嘱託社員が1ヶ月ほど前から来ていないのは知っていた。でも、そんなゴタゴタに巻き込まれているとは全く知らず、ただ、同じ嘱託の社員の人たちは、その人宛にかかってくる電話から、なんとなく分かっていた様子。支店長も今回はかなり焦っているようだ。いくら嘱託社員とはいえ、自分の管理する支店での事件が自分に及ぼす影響を心配しているのだろうか?特に、マスコミ対策も何もないまま、今月の目標と現在の状況と対策のことに話は移行して30分ほどで会議は終了。みんな各自デスクに戻る。しばらくすると1階のフロアには、報道カメラや、ニュースを見た野次馬やら、解約のお客さんやらで忙しい様子。私たち男性営業マンは2階にいるため、関係ないがちょっと心配になり、みんな落ち着かない。なにやらカコつけては休憩室に行き、ニュースをみんな見入っている。するとこの私のいるビルとその1階のフロアの入り口が、テレビに映し出されている。うちの女子社員が質問を受けている。課長が入ってきて、やんわりと外回りに出るようにみんなに指示をする。私は1つ上の先輩と社員寮に戻る事にした。他に人がいないとおもったら、他にもちらほらとサボって寮の自分の部屋でニュースを見ている人がいる。ほんとこんな日は仕事どころじゃない、うちのバッチなんかつけてうろうろしてたら何言われるかわからないから、営業なんてできない。で、その日は5時頃に通常通りの課ごとの会議に参加して、みんなあっさり退社。私もすばやく戸締りをして寮にまた戻った。でも翌日からは全く今までと変わらない日々だった。


                     

過去の質問や感想です(2)

PDN :2016年8月 1日 09:04

よろしければこのサイトのメール問い合わせ先に、連絡ください。お互いしってるような気がします。

Travelling Lawyer :2016年5月23日 12:10

三洋証券の福岡支店に、1987年から1989年末まで在職していたものです。

三洋時代の同期、先輩・後輩、上司の皆さんがどうしているかとGoogleしていましたら、このページに巡り合いました。

三洋を辞めて、アメリカにわたり、現在、NYで弁護士と公認会計士をしております。

1997年にお辞めになったようなので、また、何年くらいお勤めだったかわからなののですが、店頭課の村島課長(女性)にはお世話になりました。家内が店頭課に勤めておりまして、社内結婚です。

わたくしも社長賞を2度もらいましたが、あのトレーディングルームには度肝を抜かれました。社内では、できた当時から、あまりにでかくて、移動すると大変歩くので、「トレーニングルーム」と呼んでいましたね。

土屋社長が、1日30億株出来る時代が来ると言われていたのを思い出します。10億出来たら超大商い時代でしたので、社員全員全く信じていませんでしたが。。。先見の明はあったのですが、一番先に倒産して、山一のインパクトの前に完全にかすんでしまいましたね。

外務員さんたちが2階の半分に居られて、お客さんさえ居れば、証券マンは食っていける職業なんだなぁとお客さんを増やしていくことを心に誓いました。手数料が固定で、高い、よい時代でした。

福岡時代は2年9か月でしたが、その時にNTT株の売り出しがあり、300万ちょっとでしたか?一番高いときの売り出し株を118株売ってしまいまして、ちょっぴり後悔しました。

その後、本社に戻って、引受、企業部と移りましたが、三洋証券として10数年ぶりとなる主幹事を獲得した後、辞職して、IPOコンサルタントになり、その後、アメリカで勉強しなおして、現在、NYと東京を往復する日々です。すみません、だらだらと、つい、懐かしくなって。。。

>はは、懐かしいお話ですね。ほんとみんなバラバラになってしまい、全く私も同期とかと連絡とってません。福岡支店だったってことは、、、一階勤務でした?それとも営業?

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