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マーメルダイバーズ
    
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捜索活動 -BTAジャパンの意義

 久々にいったパラオでは、うちは開店から大きな事故はないものの、いろいろほかのショップの危機一髪な話や漂流のケースなどを聞き、あそこまでショップ間で話し合って決めた捜索活動が全く使われてないのにびっくりしました。
 というか捜索をお願いしたことによる、評判の悪化を気にしてどこも周囲にお願いすることもなく独自に解決しているようでした。確かにうちも以前3時間見つからないことがあり、捜索をお願いしたところ、その後のネット上であることないこと書かれて、確かにこんなことなら自分たちで解決したくなったものです。悲しい現状ですね。

 

==========2013-01-26

こんなことがありました。あるショップのゲストがダイビング後に行方不明となり、大掛かりなボートでの捜査が行われました。翌日までに見つかりましたが、そのレスキューチームが BTAジャパンに加盟している日本人ダイビングショップだけで行われたことが、その他のダイビングショップの反感を買いそのレスキューを仕切っていた日本人古株のショップマネージャーと欧米系ショップのオーナーが喧嘩になったことがありました。

 確かに、BTAジャパン加盟店だけで捜索しないといけないのか? パラオにあるすべてのボート所有者もしくは、ツアーオペレーターで捜索するべきではないのか? それが口論の内容でした。 確かにそのことは的を得ていて、捜索の協力者を限定するべきではないです。 もっと日本人以外のショップとも連携してレスキューをする必要があります。

 そもそもBTAジャパンという日本人経営のダイビングショップの組織は、2002年ごろにBTA(ベラウ・ツーリスト・アソシエーション)というパラオ内の観光業に携わっている会社の協力組織の下部組織として、英語での会議の内容がよく理解しにくいということから、そのときにパラオで長くダイビングショップをマネージメントしていた日本3名の提案で始まりました。 その最初のお題目が沖縄のレスキューのシステムを参考にパラオ版を作り上げるということでした。 確かにBTAの本会のほうはホテルやらレストラン、ダイビングショップ、お土産屋などいろんな業種も会員でしたので、レスキューなどを議題にしにくかったのですが、BTAジャパンは日本人経営のダイビングショップだけでしたので、お題目をいっきに高レベルまで発展させることができ、実際にすごく活用することができました。

 ですが、日本人だけでレスキューチームを作っていることに不満がある欧米系ダイブショップからBTAでも活用すべきだという提案があり、英語版に直してBTA本会に提出されました。が、あまりにその時点では書類手続きが複雑になりすぎてたゆえに、あまり評価されませんでした。結局BTA本会としては、その後にこのレスキューシステムの改定がないまま、現在にいたってしまっています。

  その後、自然保護のための珊瑚の観察や、ガイドルールの設定、勉強会などが行われてますが、ガイドルールにおいても欧米人ショップが入っていないため、その見解の違いを理由に徹底さができずにジレンマが続いています。パラオ全体でルールを決めるのなら、その代表組織のBTAで認定される必要があり、その一部でしかない日本人系系のダイビングショップがいくら自然のためといえいろんなルールを作っても、意味がありません。現在とくに、台湾人経営のツアー会社、韓国系がのきなみ増えている中でさらにそのルールの一致は難しくなってきています。

 特にジャーマンチャネルのマンタを中層で見るのを禁止したガイドルールは、BTAジャパンに加盟してないショップに集客面での利点を生み出してしまいました。他のショップがマンタの捕食を目の前で見ることができて、BTAジャパン加盟店だけが砂地の上で待機しないといけないというのはおかしな話です。

  以上のような理由から当社の姉妹会社のマーメルダイバーズは、BTAジャパンの会員を2013年より辞退しました。今後BTA本会で、日本人会の作ったレスキュー・シュミレーションやガイドルールの一部を省き、パラオ全体のルールとして反映させていくお手伝いができればと考えています。


 


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2006年2月3日

 夕方8時ごろ電話と取るとあるショップのダイバーがまだ上がってこないとのこと。もう焼酎を4杯ほど飲んでべろべろだったが、一気に酔いも覚め、事故への情報収集。流れを調べるためにブイを流したり、明日への捜索への準備をして、早めに睡眠。当事者ショップさんは夜も船を出しての捜索。
 私たちは翌日の朝6時ごろより指揮船含め8船で、該当地域の捜索を開始。一列にボートを並ばせ荒れている海をみんなでうろうろ。お昼には、グアムからの偵察飛行機まで出動。しかし夕方5時になっても発見の報告なく焦る捜索隊。もうすぐ打ち切りの相談をしていると、ラジオで発見された報告がありみんなほっとすると時間が時間なので、一斉にコロールへ帰る。着いたのは7時で真っ暗。ほんと見つかってよかった。
 改めて漂流の恐ろしさと、捜索活動への協力体制の大切さを実感しました。パラオではパラオ観光協会の日本部会に入っているショップは、日々レスキューのシュミレーションを通して連携をしてますが、はいってないショップは、レスキューに参加しないところがほとんどでした。


                     

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